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アミューズミュージアム 「美しいぼろ布展」

イラストレーター女子会があって、浅草のアミューズニュージアム「美しいぼろ布展」を観た。

 

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「本展覧会では、当館の開館年でもある2009年に、『BORO つぎ、はぎ、いかす。青森のぼろ布文化』を出版なさった、写真家・編集者の都築響一氏が新たに撮り下ろした写真作品34点と、現物のBOROを同一空間内に展示することで、美術館全体をひとつの大型インスタレーションとしています。粗末なぼろ布に現れた思いがけない美の世界。消費文化の対極のアートをご覧ください。」

 

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浅草のアミューズミュージアムは閉館するということで、なんと、初めて行ったのに閉館か…。布関係の面白そうな展示が色々あったようです。綿は育たない寒い青森で、麻布を寝具に、着た切り雀の着物に、破れたら繕って、搔巻のような寝具などは床に置くとツギハギの力で立ち上がるくらいの「ぼろ布」。偶然70年代に世界中流行ったデニムのパッチワークジーンズみたいに見えるのだけど、こっちのが先でした...。この「ぼろ布」を収集、保存してきた田中忠三郎氏がこのミュージアムの名誉館長ということで、黒澤明の「夢」にこのコレクションが使われている。例によって無知不勉強だから、しかし何を観ても新鮮です。

 

藍の「ぼろ布」はインスタレーションのように都築響一氏の写真とともに展示してあり、触れたりもできるのです。が、私は触れられなかった....厳かで残酷な磁力があって、あまりにも色々吸収している布だから、ズシーンと重くなるような、美しいと簡単には言えない気持ち。廃墟とか、事故現場、重い歴史のある土地のような。もちろんそれなりに生活の喜びがあったとしても、こうして見ると、どうしようもない貧しさがズンズン心に響いてくる。....すみません、突然飛んで...テニス選手の大阪なおみが父の国ハイチへ行った時に、「humbled」と言っていた。飲み水を取りに行くのにも長いこと歩いて行くような貧しい村の暮らしについて、「謙虚な気持ちになる」というようなこと。スターですごいお金を稼いでいるのに、なんか素敵だなと思ったり。ところが、この展示はまあ日本で普通の地味な生活をなんとかしているフリーランスの私でも、すごーく謙虚な気持ちになりました。展示の説明に「そっくり復刻して、フランス語かイタリア語のタグと高い値段をつければ、そのままハイファッションになるにちがいない」とあったけど、それは素直に受け取れない厳しい教えのようなもの出ているような気がして仕方ありません。

 

で、同じ津軽のものでも、同時に展示してる、ひし刺、こぎん刺しの前垂れには、色が綺麗!だけでない明るさや華やぎが感じられます。若い女性が、嫁入りのために腕をふるって前垂れに刺繍をしたもの。布を丈夫になるのが元々の目的なんだけど、それはそれは細かく、それぞれが色の組み合わせやデザインに凝って作ってあるのです。一枚作るのにどれだけ時間がかかったんだろう。冬の農作業がないときにチクチク作っていたのでしょうね。実際に使用していたものなのに、保存状態が素晴らしくて細かく刺繍された布の強靭さに驚いた。

 

ところでこぎん刺繍って昭和にかなり流行っていたはず、祖母が帯を作ろうとしていたのを覚えています。この展示で見た細かい津軽のひし刺しの3倍くらい緩いものだったけど、一段一段平行に刺していくうちに縦の模様が浮き出てくるのが面白かった。子供の頃学校で習った覚えのある「スエーデン刺繍」も同じ原理。こちらは、裏まで刺さずに布の表面の目を拾っていくのですが、やはり一段づつ横に刺していくから、全体像が後半一気に見えてくるのでワクワクしました。貧しく寒い津軽の地でも、刺繍をするのは楽しみだったのだろうな。「ぼろ布」に比べて場の空気が華やいでいるので救われた。

JUGEMテーマ:展覧会

 

 

 

 

| 文化〜っ! | 13:24 | comments(0) | trackbacks(0)
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